一日限定甘々下僕



スッスッ
するするする
サラサラサラサラ
「…………」

朝食を終えてソファを背凭れにしてフローリングで胡座をかいて寛いでいたボクだったんだけど。
何故か「ちょっと前詰めろ」と言われて何でだよと思いつつも座ったまま渋々移動したら、背中とソファとの間にバクラが座ってきた。
それでもって何故かボクは体育座り?という姿勢を取らされて胡座をかいたバクラの脚の上に乗せられている。
そしてさらにどういったわけだか櫛で髪を梳かれているのだ。鼻歌まじりで上機嫌なバクラに。

「……なあ」
「あん?なんだよ」
「…なんだよじゃなくて!朝からなんなんだよお前はっ!」

そう、コイツ、バクラの様子が朝からなんだかおかしい。
まず最初におかしいと思ったのは朝食の内容だった。和食、だったんだ。それもきちんと一汁三菜。
いや、和食は好きだよ?かなり好きと言ってもいいくらい。日本に来て薄味で繊細な味付けというものを初めて知って、より美味しく食べる為に箸の使い方を一日でマスターしたくらいだからね。
だけど了とバクラは違った。…とは言っても和食そのものが嫌いなんじゃなくて、朝から和食は作るのに手間がかかって面倒くさいから、という「嫌い」だった。
実際これまで朝に和食が出てきたことは一度も無い。焼き立てパンだったりフレンチトーストだったりホットケーキだったり色々な具材のサンドイッチだったり。具沢山スープやポタージュ、シリアルの時もある。それに加えて温・冷バリエーション様々なサラダ、フルーツの盛り合わせ、搾りたてのジュースやら挽き立てのコーヒーやら絶妙な淹れ具合の紅茶やら。
…いつもの朝食も十分手間がかかってると思うんだけどなあ…。

ただ、いつものようにのんびり起床したボクの起き抜けの頭はテーブルに並んだ料理を見て「おかしい」という判断には至らず「嬉しい」としか思えなくて、促されるまま席に着いた。
そしてぼんやりしていたから、いつも向かい合って食事をとるはずなのにボクの隣の席に座るバクラに違和感を抱く事も無かった。
……うん、ぼんやりしていたから「ほら、こっち向け。オレ様が食わせてやる」という寝起きに心地良い、優しい声色のバクラ にご飯を食べさせてもらっても変だとは思わなかったんだ。


背後にいるバクラに顔だけ振り向いて睨みつけてやる。
「変だぞ貴様!今もそうだけど、朝食のアレはなんだよ!何か企んでるのか?!」

だって……「口開けろ。ほら」って!それで言われるがまま、ボクは餌待ちの雛鳥みたいに口を開けてっ……!い、いっ、…ッ????今思えばなんて恥ずかしいことをやってしまったんだボクは……!!!
あああああ!ああああああ!恥ずかしすぎる!!!記憶を抹消してしまいたい!!

しかし、ヒャハハと笑いながら「ご名答、だがオレ様の企みは明かせはしないがなぁ!」とでも言ってくるかと思ったバクラは、暫くあんぐりと口を開けていたかと思ったら、ひくひくと顔を引きつらせた。
「企みだぁ?…オイ……おい待てマリク、テメェまさかとは思うが読んでねぇのか…?」
「読む?朝から本も雑誌も何も読んでなんかいないけど、」
「はぁぁ?!!!!!」
「うわぁッ!」

ごつっ!
いきなり立ち上がったバクラのせいで体育座りをしていたボクは膝を抱えたままぐらついて、すぐ前にあったローテーブルに額をぶつけてしまった。
「痛いだろバカ!!!」
「バカはテメェだ!なんであんな分かりやすい場所に置いてやったのに気付かねぇんだよ!!?」
「あっオイ!バクラ?!」

頭を抱えてぐあぁっと大声を出したバクラはドスドスと物凄い足音を立ててリビングから出て行った。
と思ったら一分もしないうちにドスドスと大きな足音と共に戻ってきた。右手に紙のような物を持って。

「枕の横に置いてりゃ気付くだろうが普通!!」
「何のことだよ!」
「ハァ…ほらよ」
「え?」
苛々としていたバクラはボクを見て溜め息を吐いて、冷静になった…というか諦めたような顔をして、手に持っていた物を差し出してきた。
それは厚みのない、シンプルな封筒だった。なんだこれは。
何を意味するのか分からなくて受け取ったままきょとんしていたら、バクラもフローリングに座ってきた。そして、呆れてるのがありありと分かる表情で見つめてくる。
「…今日はテメェの誕生日だろうが。さっさと開けな」
「え、あ……あぁ、うん、誕生日…だけど」

今日は十二月二十三日、ボクの誕生日だ。だけどそれとこの封筒とバクラの朝からの奇行に何の接点が?
…全然分からないけど、とにかく言われた通り開けてみようか。
洋封筒の糊付けを剥がして開封すると、中には二枚のメッセージカードが入っていた。
一枚目のカードは、メッセージの下に色付きのペンで線を引いてあったり空白もペンで塗っていて、すごくカラフルだ。
えーとなになに、
『お誕生日おめでとうマリ君、闇マリ君。これからもよろしくね!僕からのプレゼントは【一緒にエジプト料理のお店に行こう】だよ!日本に来てからエジプト料理を食べてないって言ってたからさ。ボクも味を覚えて、二人のために週に一度くらいはエジプト料理を作れるようになるからね☆』

「それは宿主からだ。お前が何も要らねえって言い続けるもんだから散々悩んでたみたいだぜ」
「了が…そうなんだ…」

やばい、これは…かなり嬉しい。
そういえば今月に入って、了から何度も今年のプレゼントは何が欲しいか訊かれてたっけ。でもボクは欲しい物が特に思い浮かばなかったから、何も要らないって言ってたんだよな。一言言葉を貰えれば十分なくらい、今のボクは欲しい物が無いから。
だからこんなプレゼントを貰えるなんて全く想像してなかった。嬉しくて頬が緩む。
ありがとう、と、今は表に出ていない了に感謝した。

「いつまで宿主のを見てんだよ」
感激に浸っていたら目の前のバクラにじと目で睨み付けられた。…ははーん、さては早く自分が書いたメッセージをボクに見てもらいたくて仕方ないんだな。
あはは!ボクのことをいつも子どもっぽいって言うけど、バクラも大概じゃないか。
ニヤつきたいのを我慢して、了のメッセージカードを一度封筒に仕舞ってもう一枚のカードを取り出した。
想像通り了とは正反対の、黒のペンで文字だけを書いた飾り気の無いカードだ。
書いてる文字も短いなあ。えっと………

「……おいバクラ。何だよこれ」
「書いてある通りに決まってんだろーが。それがオレ様からお前への超レアなバースデープレゼントだぜ」
「【今日一日中とことん甘やかしてやる】…これのどこが超レアなプレゼントなんだよ!!」

ようやく分かった。だから朝からコイツは異常な行動をとっていたのか!それにしても甘やかすって…あれはどう考えても甘やかすの範疇を超えてるだろ…!

「こないだテメェが望んだ通りにしてやったんじゃねえか」
「は?!ボクがいつそんなことを望んだって言うんだよ!」
「三日前」
「み、三日前!?」
「晩飯の支度してる時に宿主と話してただろうが」

三日前?了と?確かに夕食の下準備でサヤエンドウの筋を取る了の手伝いはしたけど……どんな会話したんだっけ。

「『アイツって意地悪でしょ?たまには仕返ししてやりたいよね〜。マリ君だったら何してやりたい?』だろ?」
「ああ、そうそう………ってあれ貴様だったのか?!!」
「ヒャハハハハ!オレ様はテメェと違って演技には自信があるからなァ」
ニヤリとバクラが笑う。
最低だ!ボクを騙して了のフリをしていたなんて!!
あれ、でも待てよ、ボクはその後確か、

「『一日ボクの下僕にしてやりたいかな』って言ったと思うんだけど?!ボクが言ったことと全然違うじゃないか!!」 「バーーーーカ。いくら年に一度のお前の誕生日だからってこのオレ様が下僕になんかなるかよ。それとも何か?本気でオレ様のことを下僕にしたかったのかあ?」

それはまぁ、本気で言ったワケじゃないけどさ……。ニヤニヤと笑うバクラは最初から分かっていたんだろう。
恥ずかしいような腹が立つような、なんだかモヤモヤしてふいっと顔を背けると、フッとバクラが笑った。
「ま、つまりだ。テメェの偽りの望みに一番近い形のプレゼントをしてやるってこった」
「……甘やかすことがか?」
「少なくとも王サマ気分は味わえるはずだぜ?」
「王の、気分」

バクラの言葉を反芻してみる。
王…王か。十歳でイシュタールの家を飛び出してからのことを思い出す。復讐にかられたボクにリシドはついてきてくれて、常にボクの傍にいて身の回りの世話をしてくれた。そして甘やかしてくれた。
ボクの言うことやワガママは大体叶えてくれてたけど、リシドは決して下僕というカテゴリには入らない。大事な存在だ。

「じゃあリシドを真似て従者ってことか」
「ハゲかよ…。ま、それはテメェがどう捉えるかだな。兎に角だ。オレ様は今日一日お前を甘やかす。覚悟しろよ?」
「覚悟って…ボク、お前に祝ってもらってるんだよな?」
「虐めてるように見えるかよ?」

意味有りげないやらしい笑みを浮かべて白い手がボクの手に触れてくる。多分これも演じてるんだろう、いつもと少し雰囲気の違うバクラ。
くそッ、なんでドキドキしなきゃいけないんだ…!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「力入れるんじゃねえよ。やり辛えだろーが」
ボク…甘やかされてるんだよな?
雰囲気はちょっと違うけど口調はいつものままのバクラになんだか疑問が湧いてくる。
再び胡座をかいたバクラの脚の上に座らされたボクは、背後のバクラに片手を取られ好き勝手されていた。
細長いエメリーボードがボクの爪をなぞっていく。
しゅっしゅっ、と爪がやすられる等間隔の音と、ボクの背後のバクラの体温。なんだか凄く心地が良くて…。
「寝んなよ。ついさっきまで散々寝てただろうが」
「ねっ寝ない!」
き、気付かれてたのか…!慌ててふるふると首を振った。

しかし、爪をやすられるのなんて久しぶりだ。ボクは面倒だから爪切りで適当に切ったらそれでおしまいだけど、リシドといた頃はいつもあいつが手入れをしてくれた。こんなことバクラに言ったら絶対不機嫌になって(主にベッドの上で)ボクを酷い目に合わすだろうから言えないけどさ。
「次は反対の手だ。出しな」
滑らかなバクラ(了)の手がもう片方のボクの手を取って、再びエメリーボードを動かして爪の長さと形を整えていく。
それにしてもこの男は本当に器用だな。料理、洗濯、掃除、裁縫、何をやってもそつなくこなす。こいつ、主婦にでもなった方がいいんじゃないか?
「よし」
ふぅ、と息を吐いたバクラがエメリーボードを床に置き、ほとんど同じ形の灰色のバッファーに持ち替えてバッフィングしていく。みるみるうちに、爪に艶が生まれてきた。
全身をバクラの胸に預けてるから、背中越しに鼓動が伝わってくる。とくん、とくん、とくん、と。
三千年前に生きていた男が、穏やかな雰囲気の中、背後から抱き締めるような体勢でボクの爪の手入れをしている。世界中を探したって、こんなトンデモなシチュエーションはないだろう。
…なるほど、王の気分か。これは思った以上に良いかもしれない。

「出来たぜ、完成だ」
「へえ…すごいな」
全ての爪の手入れが終わったことを告げられて、作業工程をずっと見ていたにも関わらずボクは手を広げてまじまじと見た。
しっとりと艶めいて光沢を放つ十本の爪は、まるで自分の物ではないような感じだ。
「マリク」
「ん?わ…ちょっ…!」
ぎゅっと抱き締められて髪にキスを落とされる。あまりに突然のことに、頭が追いつかない。
「なっバクラっ何、するんだよッ…」
ちゅっちゅっちゅっ。
リップ音を立ててキスを落とし続けてくるバクラ。回された腕の力は強いものでは無いから、逃げようと思えば逃げられるんだけど…。
抱き締めてくる腕に、解きたいのかどうしたいのか自分でもよく分からないままバクラの腕に手を乗せる。
バクラのチャコールグレーのセーターの上で、手入れされたばかりのボクの爪がきらりと光った。
「マリク」
「だ、だから何、」
「好きだぜマリク」

ぐわわわわぁっ。
全身の血液が一瞬にして顔に集まった気がした。いや、間違いなく集まっている。熱くなった頬がそれを証明している。
え、でも待て、なんでそんなこと、急に。言われるのは初めてじゃないし、特にアレの時は耳にすることが多いけど、でもなんでこんな、こんな時にそんな。
「な、な、なんっ…!」
「好きだ」
「バク、」
「好きだぜ、マリク」
ちょ、待てまてまてまてまて!これはなんだかそういう雰囲気になってきているような気がしないでもないんだけど…!!こんな…昼間からリビングでだなんて……ッ!!
で……でも今日のバクラはボクを甘やかす為か優しいし……今からやるのも…悪くないかな……

「…さてと、んじゃ一緒に風呂でも入るとするか」
「………は?!」
薄手のセーターをきゅっと握って抱かれる覚悟を決めた矢先に、ボクをフローリングに下ろして突如立ち上がったバクラは突拍子もない事を言い出した。
甘い雰囲気にのまれたせいでぶっちゃけ下半身はちょっと反応してて、折角ちょっぴりボクもやる気になってたのに…!!
「どうしたよ」
「どうしたって…!お前なぁッ…!!」
なんだコイツ。なんなんだ今日のコイツは!何を考えてるのか全っ然分からない!
怒鳴ってしまいたかったけど、それだとまるでボクが何かを期待してたみたいに思われるかもしれないから何も言えないでいると、バクラがすっと手を伸ばしてきた。
ぐッ……、なんだよ貴様のその愛しいものを見るような優しい目は…!!お前三千年前は盗賊だったり邪神だったんだろ!それなのに、そんな眼差し……どうせ演技だろうけど卑怯だ…!!!

「今日一日中甘やかすっつったろ?…だがな、テメェがオレからのカードを読まずに企みだとかほざきやがったから、ただ甘やかすってのはやめたぜ。あれでオレ様かなり傷心しちまったからなあ」
「っ…だからあれは仕方ないだろっ!?」
「仕方ねえもクソもねーよ。だからなマリク、オレは一日中『どれだけ途中でテメェを犯したくなっても、どれだけテメェが抱かれたくなっても、一切手は出さずに甘やかし続ける』ことにした」
「なっ…」
「可哀想になぁ?オレ様を怒らせなけりゃすぐにでもテメェが望むように愛してやったのに」

低く甘く笑ったバクラはボクを見下ろしながら続ける。瞳は相変わらず優しい…でも、その奥に僅かに情欲の色が見えた。

「テメェが本当に望むプレゼントは最後の最後にくれてやる。…あぁ、『下のお口に喰わしてやる』っつった方が正しいかァ?オレ様を怒らせちまった罰だ。腹疼かせて楽しみに待ってな、マリク」


…何がプレゼントだ。何が罰だ。
………また頬が熱くなってしまう。
直視できなくて顔を逸らしたボクは、だけど、差し伸べられた手に戸惑いながらも指を乗せた。

本日最後にくれるという『プレゼント』に恐ろしさと若干の期待を抱きながら。




**************************


2015.12.23 誕生日おめでとうマリク!
今年のバァアスディはtrashcanのけいさんとの合作です。わー(>▽<)!
一日限定で下僕になり身の回りの世話をするというネタと甘い二人のイラストを頂いて少しアレンジして話を書いてみました。
日付が24日に変わった瞬間大量の(白濁)プレゼントを受けるマリクなのであった