最低最愛バースディ
冷えた空気。温かい身体。目覚めたばかりのマリクは朧げな意識のまま身を捩る。
安眠、というのがどういった眠りだったか、父を失ったその日から最近まで思い出せなかった。
あの日から抱き続けていたのは、復讐心と闇への恐怖。
眠るということが、目の前が黒一色に塗りつぶされることが、ただただ怖くてたまらなかった。
しかし今は、もうそんなことはなかった。
デュエルタワーでの遊戯との決勝戦にて自らの闇人格に打ち勝ち、降伏(サレンダー)することで闇を消し去ったマリクの心には光が差した。背に彫り刻まれた「王の記憶」を遊戯に渡すのと同時に、隠し続けていた性別が遊戯たちに知られてしまうこととなったが、ようやくマリクは墓守の一族の宿命に終止符を打つことができたのだ。
飛行船で童実野町へと戻った際、下船直前まで、まさか自分が遊戯の仲間の一人である獏良了のマンションに住むことになるなどとは思ってもみなかった。
そして、あの男とこんな関係になるだなんて、それこそ想像もつかなかった。
マリクよりも先に起きていたらしい、隣で寝ていた男が、ククッと笑いながらマリクの髪を撫でてくる。
「ようやく起きたかよ。ハッピーバースデイ、マリク」
白銀の髪。整った顔立ちに、鋭い目付き。バクラと同棲するようになって、安眠できなかった日は一度も無い。
「おはよう。バクラ」
ありがとう、と言ってマリクは自身の褐色の指をバクラの白い指に絡めた。
最低最愛バースディ
ベッドから起きた二人は寝巻き姿のまま、リビングのソファでくつろいでいた。
「それでね、今日はこの店とこの店と、あとそれからこの店にも行きたいの」
携帯端末を操作して、隣に座るバクラに画面をスライドさせながら見せていく。
「行きてぇトコありすぎじゃねえか。どーせ明日も明後日も休みなんだから分けて行きゃいいだろ」
「ばか…今日だから意味があるのに」
「分かってるっつーの、冗談だろうがンなモン。いいぜ、今日一日は宿主が丸々譲ってくれたからな。どこまでもオレの大事なお姫サマに付き合ってやるぜ?」
「…なッ…!!」
フッと右の口角を上げて笑ったバクラが軽くキスをしてきて、マリクの耳は一瞬にして赤く染まる。
今日は祝日で学校は休みで、そして本日12月23日はマリクの誕生日。更に今年は翌日のイヴと翌々日のクリスマスが土日のため三連休となっていた。だがマリクはその間ずっとバクラと一緒に居られるわけではない。バクラ、という闇の人格が宿っている肉体は、本来は獏良了のものなのだ。
ありがたいことに了からも誕生日当日を祝わせてほしいと言われていたのだが、バクラが取引を持ちかけて肉体の主導権を一日譲ってもらったのだろう。条件は聞いていないが、おそらく余程、了にとって得になるなにかと。そのことを思うだけでマリクの心はくすぐったかった。
こめかみに、耳に、頬に、とバクラが唇で触れ続けていく。このままの流れでいくと外出出来なくなりそうな気がして、そっとバクラの肩を押した。
「ん、もうこんな時間、だから、バクラ」
「ああ?あー、どっかの誰かさんがいつまでもグースカ寝てたからなぁ」
「それは…だってバクラが…!」
「オレ様がどうしたって?言ってみろよマリクちゃん」
「〜〜〜知らないっ!着替えてくる!」
「ヒャハハ、行ってきな。コーヒーでも淹れながら待っててやるからよぉ」
ニヤニヤと意地悪い含み笑いをするバクラ。昨夜のことを思い出したマリクはふるふると震えながらソファから立ち上がり、逃げるようにして脱衣所へと向かった。
(なによバクラってば!)
暖房をつけた脱衣所で、マリクは小ぶりな唇を尖らせたまま寝巻きを脱いでいた。
バクラ(獏良)と同棲するようになって安眠できるようになったのは良いことなのだが、朝起きるのがとにかく辛かった。睡眠時間が足りないわけではない。睡眠時の環境が悪いわけでもない。
理由は明確だ。睡眠前のバクラとのセックスが激しすぎるから。これが答えである。
二人と住むようになってからというもの、体調が優れない日以外はほぼ毎晩といってもいいほどバクラと体を重ねていた。しかも一回で終わることはまずなく、安全日に抜かずの4、5回は当たり前。マリクの体力が持ちさえすれば、危険日ならゴムを付け替えて10回以上する日も珍しくない。男という生き物はみんなそういうものなのかと恐ろしく思っていたが、調べてみたところそういるものではないらしい。
そのことをバクラに言ったところ「なんせ三千年分溜まってるからなァ?あと、テメェの身体がエロすぎるからな。ヤってもヤっても治まんねえんだよ」とからかわれたのだが。
(エロすぎるって…そんなこと言われても…)
ショーツだけ身に着けたまま上下脱ぎ終えたマリクは洗面台の鏡に映った自分の姿を見る。
宿命から解放されたあの日から、女の身体に変わり始めた頃からずっと胸を押さえつけていた晒はその役目を終え外すことになった。マリクの心の自由と共に身体も自由となったからか、肉体は急成長し始めた。
豊満なバストに、艶かしく括れたウエスト。ボリュームのあるヒップ。
普通この年齢の女性には似つかわしくない肉体なのだが、大きな薄紫の瞳とその瞳を囲う漆黒のアイライン、潤った小ぶりな唇、エキゾチックな褐色の張りのある肌にマッチしていて、見事といわざるを得ないエロティックな16歳だった。バトルシティでの戦いからそれほど月日は経っていないが、あの頃着ていた服はもうとっくに身体に合わなかった。
身体のラインが出やすい服を着て街に出た日には、バクラと少しの時間離れただけでその瞬間を狙ってナンパとスカウトの怒涛の攻撃にあったりしたこともある。そんな時は戻ってきたバクラが蹴散らしてくれるのだが、その後ひと気の少ない場所に連れ込まれ必ず青姦されてしまう。
服を着込める冬は有り難かった。それでも、顔だけ見てもマリクは雑誌やブランドを飾る美しいモデルたちと肩を並べられるほど整っているので、すれ違う人々はもれなく必ず振り返り、声をかけられることも多いのだが。
ブラジャーを手に取ったマリクはストラップを肩に掛け前かがみの姿勢になり、後ろのホックを留めた。ブラジャーに包まれた左右のバストを優しく引き寄せる。柔らかくいやらしい大きな谷間が完成した。
次に手に取ったオフホワイトの薄手のセーターを頭から被る。豊かなバストからきゅっと括れたウエストまでがはっきりと出る服だったが、厚手のアウターを着るので問題無い。この服は最近一目惚れして買ったお気に入りのもので、今日は絶対にこれを着てバクラと出かけるのだと前から決めていた。よく似合ってるじゃねえか、と初めて着た時にバクラが褒めてくれたからだ。
黒のストッキングを手繰り寄せて足先を入れる。厚手のタイツを穿きたいところだったが、今日考えているコーディネートには薄いストッキングの方が合うから仕方なかった。
ストッキングを上げている最中、マリクは自身の身体にあるものを見つけた。
(こっこんな所につけるなんて…!!)
ショーツの足ぐりから見える太腿の付け根にキスマーク。しかもかなり濃い。かなり熱烈に吸わなければここまでの痕はつかないだろうに、そのようなことをされた記憶はなかった。ということは、自分もそうとうセックスに溺れていたという可能性がある。また熱くなってきた顔をふるふると振ってウエストまで引き上げたストッキングをフィットさせた。
まず間違いなく今日は昨日よりも濃厚な夜になるだろうな、とスカートを手に取ったその時だった。
「おいマリク!テメェ一体どういうことだ!!?」
「きゃあっ!!?」
怒声と共に脱衣所の引き戸を力強く開けて入ってきたバクラに思わず飛び上がりそうになったマリクは、慌てて手に持っていたスカートでストッキングに覆われたショーツ部分を隠した。
「着替えるって言ったでしょ!なんでノックもせずに開けるの?!!」
キッと睨みつけてみるもバクラは怯むことはなかった。
「ァア?互いの裸なんざさんざん見まくってんだろうが!」
「そっ…それとこれとは話が違うでしょ!…あれ?それってわたしの…」
怒りを露にしたバクラの手にはマリクの携帯端末が握り締められていた。そこを指摘した瞬間、目の前に立つバクラの顔がひくっと歪んだ。
「そうだよなぁテメェのモンだよなあコレは。じゃあこの画面を埋め尽くしてやがるのもテメェ宛てのモンだよなあ?!」
端末をタップしてスライドさせていくバクラ。隠すようなことは何もなく、隠れてこそこそと相手の中身を見るような性格ではない為、端末は互いに鍵をかけていない。なので今この瞬間も「何やってるの?」くらいにしか思っていなかった。
しかしバクラに画面を突きつけられて、マリクは絶句することになる。
『マリクちゃんハピバー!ね、今日暇?遊ぼうよ!』
『ハッピーバースディマリクちゃん!オレとデートしない?』
『ハピバ〜!!オレいい店知ってるからさ、今日飯食いに行こうよ』
『HAPPY BIRTHDAY!!!マリクちゃんマジ可愛い!今日空いてるかな。オレ今日一日ヒマなんだよねー』
バクラが突きつけている間にも続々と入ってくるメッセージ。ただし音も振動もしない。前日までに、クラスメイトの男子たちから「当日メッセージ送るからね!」と言われていたので、昨晩からサイレントモードにしていたのだ。
「テメェが着替えてる間もずっと光っててなあ?見てみりゃ着信音消してこれだ。なんだよ、オレ様に知られたくなかったってのか?」
「ち、違う!だって夜とか朝とかに鳴ったら、煩い、から」
「へえ?ならまァそれはいいとしてこれはどう説明するってんだ?」
「あ…!!!」
またバクラがスライドして、クラスメイトのメッセージを見せてきた。
『マリクちゃんハピバ!この前聞いたとき彼氏いないって言ってたよね?まだいない?いなかったらデートしようよ!いてもしてほしいけど!笑』
『12/23ハピバ!こないだも言ったけど冗談じゃなくてマジ好きだからマリクちゃんのこと!彼氏いないなら付き合ってよ、お願い!』
「これは、その…」
「オカシイよなあマリク。彼氏がいない?じゃあこのオレ様の存在は何なんだろうなァ?ただのセフレか?なあ」
「っ…違う!」
「何も違わねえだろうがよ!!」
「いっ…!」
端末を持っていない方の手に手首を掴まれる。顔を近付けてきたバクラが、声のトーンを落として囁いてきた。
「あーあーやっぱテメェはどうしようもない女だぜ。オレの存在を隠して、他の男を誘っちまうんだモンなぁ。なあ?イシュタール家の生き残り、節操無しのド淫乱マリク?」
「バクラっ…!」
あまりにも酷い言葉に、マリクは怒りよりも悲しさがこみ上げてきた。
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2016.12.23、未完成です。完成次第このページに追加します…orz