禁断4
あの夜以降、二人は目を合わせることすらなかった。
「今日もマリク先生綺麗だったなあ〜〜」
「歩くたびにイイニオイがするしな〜あーなんの香水使ってんだろ」
未だに教室内は美人教師マリクの話で持ちきりだった。
他学年の生徒たちも授業中に廊下から中を覗いてくる始末で、どうやらファンクラブのようなものもあるらしく。
頬杖をついたバクラは窓の外をぼんやり見つめていた。
あの後。
ひとしきり笑ったバクラは街に出て行きずりの女を抱いた。
いつもは自分の下で喘ぎ泣く女を犯す行為を楽しむバクラだったが、その日は怒りに任せてただ腰を打ち付けるだけだった。
女は何か必死に叫んでいるようだったがバクラの耳には入らなかった。
頭によぎるのは、自分に少し気を許した微笑みと、ぶたれた時に見た、怒りで赤くなったマリクの顔。
ぐったりと横たわり声も発せなくなった女をそのまま放置し、バクラは自分が苛立っている事に苛立った。
「先生ってさ、絶対ェ男いるよな」
騒ぐクラスメイトの内の一人の発言に、バクラの耳がぴくりと反応する。
「いないワケねぇだろ。っはぁ〜〜〜あんなスゲェ美人とヤれる男が羨ましい、ぐえッ!!!?」
ぐい、と勢い良く引っ張られた男子生徒はその身長差につま先立ちになる。
いつの間にか後ろにいたバクラに襟を掴まれた生徒は腕を外そうとするが、ビクともしない。
「、バクラてめ、なに、すんだよっ…!!」
次第に真っ赤になってきた顔に、周りにいた生徒たちも慌てて止めに入る。
「バクラやめろ!窒息するぞ!!」
「ちょっと煩かったかもしんねえけどやりすぎだって!」
「チッ」
「げはっ…は、は、はあ…!」
どさ、と床に投げつけられた生徒はゲホゲホと咳き込んだ。
へたり込んだ男子生徒を一瞥することもなく、バクラは教室から出て行った。
「大丈夫かお前?」
「はーっ…はーっ…な、んなんだよ一体……!」
「なんかバクラの奴最近妙に苛立ってるよなぁ…俺も気をつけよ…」
(クソッ)
誰もいない視聴覚室。4人はゆうに座れる横長の机にバクラは臥せていた。
授業をサボる時、バクラはよくここを利用していた。
一日一回使われることすら珍しいこの教室はサボるのにはうってつけの場所だった。
日光を遮断する分厚いカーテンから発せられる少しカビ臭い匂いは、荒れたバクラの心にアロマなどの香りよりも余程心地良かった。
マリクが担当する数学の授業の際は必ず会うことになる。
そういう時こそサボったり、もしくは学校自体を休めばいいだけのことだが、そんなことをすると自分がマリクから逃げているようで。
それだけはどうにも許せなかった。
(何時だ…?)
ここのところ眠れない夜が続いていたバクラは、いつの間にか寝てしまっていた。
外を見るともう大分陽が落ちていて、制服のポケットを探ると携帯電話のデジタル時計は18時を回っていたので3時間以上は寝ていたことになる。
バクラがいる場所からはグラウンドが見えたが、運動部の生徒も片付けに入っていた。
半端な時間に寝た為か頭はぐらつき今すぐにでも吐き出してしまいそうなほど胃がムカムカとする。
口に手を当て暫くぼぉっとしていたが、そろそろ学校から出ていかなければ教師に見つかった際面倒になるのは明白だった。それでなくても教師からは目をつけられているというのに。
眉間に皺を寄せ緩慢な動作で立ち上がったバクラは、教室のドアへと辿り着くと引き戸に手をかけ廊下を伺う。
視聴覚室は通常、生徒が授業を受ける教室がある棟とは別の棟なので、人の気配は感じない。
(…気持ち悪ィ……)
頭の方は寝起きよりも幾らか良くなっていたが、吐き気にも似た気分は回復していなかった。
顔でも洗ってすっきりさせようとバクラはふらつく足取りでトイレへと向かった。
「〜はっ…〜〜〜〜……」
男子トイレに入る直前、バクラはぴたりと足を止めた。
(何だ?)
一瞬聞こえてきた掠れ声。不思議に思ってちらりと中を覗くがそこに人の姿はない。気のせいか、とバクラは首をひと回ししごきりと鳴らすとトイレに足を踏み入れた。
鏡を前にし、蛇口をひねろうとした瞬間、
「ぁ、…う……ふっ、ク………!」
近くから、先程と同じ声。熱を孕んだその声は酷く聞き覚えがあった。まさかとバクラは自分の耳を疑う。
音を立てないように歩き、閉まっている個室トイレの隣の個室に入ったバクラは耳を澄ませた。
この感じの声は何度も耳にした事がある。人の、情欲に濡れた声だ。
とすると、とバクラは思わず生唾を飲み込んだ。壁一枚隔てた向こう側で、平手で自分のことを叩いたあの人物が…………
興奮と、微かな嫉妬がバクラの心を乱していく。
(オレじゃ駄目だったってのにッ一体どの男に股開いてんだよ!)
思わず壁を叩いてしまいそうになり、それに気付いてバクラは、ぐ、と拳をきつく握った。
しかし職場で教師が性行為に及んでいるなんてことが学校側に知られでもしたら、もう働くことなどできはしない。
それをネタに脅しでもすれば、この例えようのないぐちゃぐちゃとした気持ちは少しは落ち着くのだろうか、とバクラは思った。
相手の男は誰であれ、二度と学校に来られないようにするつもりだった。
とりあえず相手の顔でも拝ませてもらうか、と蓋を閉めた便器に足を乗せ、そっと乗り上げる。
埃の積もったトイレを仕切る壁の上部に手をかけて隣の個室を覗いた。
だがバクラが予想していたものとは違い、個室にいたのはただ一人。
「ぁッ、くぅ……ふ…ふ…つぅ」
眼下に広がる、俄かに信じがたい光景にバクラは釘付けになった。
そこにはタンクに背を預けながら脚を大きく開き、ペニスを擦っている、マリクの、姿が。
「…ククク、センセイ?」
思いもよらない所から降ってきた声に、マリクの肩は大袈裟なまでにびくつき、同時に顔を上げ他者の存在に気付いた。
「えっ?!!な、あ………!!!」
慌てて股間を隠し、背を丸めるマリクだったが、それはあまりにも遅すぎた。
「動くな。まぁ色々と聞きてぇことはあるけどなァ……とりあえずドア開けてくんねえ?」
「…い、いや、だ…!」
ガツンッ!
「っ!!!」
「開けろ、つってんの。あと俺がそっち行くまで動くんじゃねえぞ」
突然の大きな音にマリクの身体が大きく跳ねる。その様子を見たバクラは仕切りの上部から手を離し便器から降り埃を払った。
少しの間の後、カチャ、と鍵の開く音がしたのを聞いたバクラはマリクのいる個室の前に行き扉を開けた。
そこにいたマリクは俯いていたため、表情は分からない。バクラも同じ個室に入り、後ろ手で施錠する。
「なぁマリク先生、アンタそんな綺麗な顔しておきながらチンポなんて付いてたんだな」
「………何が望みだ…」
「あ?」
「…金か?いくら欲しいんだよッ……」
「はァ〜〜?」
顔を俯せたマリクは吐き捨てるように言った。
「つーかアレだろ。その様子じゃこのこと学校に知られたくないんだろ?」
「ッ…だからっ、いくら欲しいのかってボクは聞いてるんだっ…!」
「オイ」
「ぐッ!」
「アンタ今の自分の状況分かってんのか?バラされたくねェんだろ?人に頼む態度がそれってオカシイだろーがよ」
細くもなく太くもない、滑らかな長い首を掴み顔を上に向かせる。その時久しぶりに二人の視線が合った。
「げほッがはっ!や、め…」
「やめてください、だろ」
「や…め、ろ…」
「聞こえてねーのか?」
ぐ、とマリクの首を掴む手に更に力を込める。アメジストの瞳が恐怖に揺れた。
「やめッやめて……くだっ……さい…!……っがはっ、ハァッ、ハァッハあッッ!!」
ようやく折れたマリクに、バクラは素直に手を離す。
瞳に涙を浮かべ顔を真っ赤にして必死に空気を取り込むマリクに、ぞくぞくとするものを感じた。
「このことは・・・誰にも言わないで……っ、くだ、さい…!お願い…します…」
「あぁそのことだけど、金は別にいらねェから」
バクラの一言に、マリクは安堵の表情を浮かべた。
「でもこんなオモシれぇ話、ただで黙っておくってのは勿体ねェよなあ」
「え…?」
「こんな美人な先生がよぉ、立派なモン付けてるなんて皆が知ったらどうなるだろうなあ…しかも学校の便所でアンアン言いながらオナってたなんて」
「そ…んな…」
一瞬にして絶望の表情に染まる。バクラは、興奮に背を震わせてることに気付かれないように、顔に笑みを貼り付かせた。
象牙色の前髪を鷲掴み上に引っ張り上げ、マリクを見下ろす。
「い゛ッ」
「今日見たことは全部黙っててやる。その代わり、これからアンタには俺の命令に従ってもらうぜ」
「命令って…」
「安心しろよ?何もアンタを痛めつけたり犯罪おかせなんて言ったりしねえから」
「じゃあ…何を……」
不安に揺れる菖蒲色の瞳に、バクラはクッと笑う。
「まずは手始めにさっきの続きでもしてもらおうか」
先程までマリクが行っていた行為のことを指す。
バクラが上から見かけたとき硬く上を向いていたペニスは、今は縮んでマリクの太腿に挟まれていた。
視線を股間へと移すと、それに気付いたマリクは慌てて両手で隠した。
「い、いやだ、いくらなんでもそれはッ」
「ァあ?」
「うあっ!!!」
頭に手を当て側頭部を思い切り壁にぶつけると、鈍い音と共にマリクは悲鳴を上げた。
「いいから早くやれよ。さっきは痛ェことしねえっつったけどな、アンタがあんまり言う事聞かねえと手ェだしちまうかもよ」
「でも…!ぐッ、」
「やれ、っつってんの」
ゴリ、と壁に頭を押し付けるとマリクは観念しバクラの手に自らの手を乗せ、こくこくと頷いた。
開放されたマリクはおずおずと右手を股間へと伸ばし縮こまったペニスを握り、くに、くに、と揉み込む。
年下の高校生に脅され恐怖すら感じ、命令に素直に従う自分をひどく惨めに感じたマリクは目頭が熱くなってくる。
「う、う、うぅ……」
「オイもっとしっかり扱けよマリク先生。ちっさいままだぜ?」
「そんなこと言われたって…無理……です……」
下唇を噛みながら、性器を上下に擦る。他人に見られながらのこの異様な状況に、マリクのペニスはぴくりとも動かない。
「チッ…しょうがねぇな」
「あっ」
「オレに見られてるのが駄目なんだろ?だったらこれでどうよ」
一瞬にしてマリクの視界は暗く閉ざされた。
バクラがスラックスのポケットに突っ込んでいた自分のネクタイを取り出し、マリクの頭に巻きつけ結んだのだ。
根本的な解決になってないんじゃ…とマリクは思ったが、痛む頭を思い出してその言葉は口に出せずに終わった。
暫く続く無言の時間。個室に響くのは性器を擦る乾いた音だけ。
先程と状況は一切変わっていないが、瞳に何も映らないマリクは、自ら望んでいない指図された自慰に幾らかは集中できた。
その静寂を先に破ったのはバクラだった。
「男子校で女のカッコして…なぁ…オレのこと覚えてるだろ?」
「うっ…ふ…はい…」
「オレだってアンタのコト女だと思ったから声かけたんだぜ…それなのにビンタ喰らわされてなあ」
「ごめっ…ごめ、なさい…」
「ホント騙されて当然だ、女にしか思えねぇよ…まあそれもついさっきまでの話だが」
会話をしながらも、マリクは性器を擦り続ける。
「何想像しながら便所でオナってたんだ?女か?それとも……男に犯されてる自分、か?」
「ハァッはあっ…ち、が…」
「なぁ分かってんだろ先生?アンタさっきからチンポビンビンになってんの…この変態が…」
「う…ああっ…」
せせら笑われるが、もうマリクの手は止まらない。
ペニスが手の中で硬く反り勃ってきたのは分かっていたが、自然に開脚していることにマリク本人は気づいてないようだった。
だらんと広げた長い2本の脚が交わる場所で屹立したペニスを、一定の速さで擦り上げるマリク。
バクラは次第に自分の息が上がってくるのを感じた。
「今まで随分と男に犯されてきたんだろうなあセンセイ…」
「ッそんなことっな、ないです…!」
「綺麗な目で男誘って、男とキスして、男のモンしゃぶって、男にチンポ突っ込まれまくったんだろ?正直に言ってみろって……」
「ふあ、うッ、ひいっな、ないッありませんっはぁっはあッは、あ……!」
マリクが手を動かす箇所からグチュグチュと濡れた音が立ち始める。
先走りは褐色の手を濡らし、動きをスムーズにしていく。便座に姿勢よく座っていたマリクの身体はいつの間にか後ろのタンクに背を預け支えにしていた。
「あ…あっ……はあっハァッ…」
「そろそろイきそうか…いいのか、生徒の前で情けなくイっちまっても?」
「っ…ァ…〜〜〜っ!!」
フ、と薄い耳に熱い息を吹きかけると痩躯はカタカタと震え、開けっ放しの口からはだらしなく涎が垂れた。
先程からの、冷たいがしかし熱い陵辱の言葉の数々でペニスはすぐにでも爆発しそうな程膨らんでいる。
絶頂間近のマリクはまともな言葉を紡げない。
「ぁっああっあ、あ、は、ああぁっ…」
「なあマリク先生」
「ふぅ、あっ…!」
バクラの言葉による快感で、自慰による快感で、目を覆うネクタイは濡れて変色している。
耳輪から耳たぶまでをゆるりと撫でた後、バクラはマリクの耳に唇を近づけ、囁いた。
『オレの前でイっちまえよ』
「あっ…ああぁッ…ア!ふ、うあ…ぁ〜〜〜〜っ!!!」
バクラの言葉がまるでスイッチであったかのように、マリクはタンクにもたれていた背をピンと仰け反らせ射精した。
強く握ったペニスの先端から白濁の精液が断続的に吐き出される。体液は全てマリクの服に飛び散った。
弛緩し脱力したマリクは涎を垂れ流したまま胸を上下させる。
目隠しをされ頬は赤く染まり肌は汗ばみ精液が服に付いたその光景は、まるでレイプされた後の様で。
手を伸ばし言葉をかけようとしたバクラは、一体自分が何を言おうとしたのか分からなくなって、指先がマリクの頬に触れる寸前で引っ込めた。
「……先生アンタ携帯は?」
「はあっ…あ、はぁ、はぁ、ハァ……」
荒い呼吸を続けるマリクはバクラの声が聞こえておらず、バクラは舌打ちしてジャケットのポケットを勝手に漁る。
そこにあったのは飾りの一つもない、シンプルな携帯電話だった。
「仕事中に持ち歩いてんじゃねぇよ」
そう言うバクラもポケットから自分の携帯を取り出した。
バクラがマリクの携帯のボタンを何回か押した後、手の中のバクラの携帯がブブブ…とバイブで揺れる。
「登録完了だ、これでオレはアンタにいつでも電話をかけることが出来る」
「あ…ハァ…な、に……?」
「さっき言ったろーが、これからはオレの命令に従えってな…あ、オレの番号は非通知にしてあるから。でも必ず出ろよ」
視界を閉ざされ射精したばかりのマリクは、一体何を言われているのか全く理解できていないようだったが、小さく頷いた。
拝借した携帯をマリクの手に握らせたバクラは低く笑う。
「じゃあな先生、また明日」
暗くなった道路を歩きながらガシガシと頭をかいた。
まだ先程起こったことを上手く纏めきれていないバクラだったが、マリクのことを嫌悪はしなかったし、軽蔑しようとも思わなかった。むしろ、
(マジかよ…)
バクラに芽生えたのは暗い喜びと興奮だった。
今は治まっているが、先程マリクの痴態を目の前にしていた時、確かにスラックスの下ではペニスが熱を持ち硬くなっていた。
その事実を否定しようとは思わなかったが、肯定もしたくはなかった。
溜息をつき携帯の電話帳を開くと、そこには「先生」の2文字と登録したばかりの電話番号が。
まさか本当に射精までするとは思っていなかったので物凄く気まずくなり、思いつきで手に入れたこの番号。
あのままマリクを放置して出てきてしまったが、一体どうなってしまっただろうか、とバクラは思う。
(まァ…これで暫く退屈しなさそうだな)
携帯を閉じたバクラは明日からの学校生活を楽しみに家路についた。