禁断6



マリクが一年間住まなければならないマンションには家具家電が揃えられていた。
翌日には女性物のスーツや私服、バッグにヒールパンプスに小物まで持って来られ呆然としていたところに、宅配便で化粧道具一式が届けられる。
受け取ってしまったダンボールを送り返してしまおうかとも悩んだが、優しい姉の顔が頭によぎったマリクは重い荷物をリビングまで運び床に置いてソファに寝転んだ。


来てくれたのが君みたいな綺麗な人で良かった。同性だと分かっている男の私から見ても美人だから大丈夫、きっと気付かれはしないよ。自信を持ってくれればいい。
だって?
冗談じゃない、とマリクは思った。
男である自分のことを美人と言われても少しも嬉しくなんてなかったし、何が悲しくて見知らぬ土地の見知らぬ他人の前で女装しなければならないのか。
一瞬だけでいいと言われたってやりたくないのに、一年もだなんて。


寝返りをうってマリクは深い溜め息を吐く。


ただ、自分が断って一番困るのは姉だ。
言ってる内容はふざけたものだったが脅してきた男の目は間違いなく本気だった。
いつだって自分に沢山の愛情を注いでくれた姉を辛い目になど合わせたくない。確認の為聞いたところ、どうやら姉にこの話は伝わっていないとのことだった。

故郷から遠く離れた、誰も自分を知らない土地で一年耐えれば済むことなら―――――


マリクは自分のプライドよりも、いつも優しく包み込んでくれる姉の笑顔を守る為に日本で女装をしての滞在を決意した。






当たり前だけどただ女物の服を着ただけじゃ気持ち悪い男だもんなぁ

用意された服を適当に選び、姿見に映ったスカート姿の自分を見て肩を落としたマリク。
付け焼刃になるかもしれないが出来る限りのことはしよう、と化粧の仕方と身の振る舞い方、表情の作り方などを必死に勉強した結果、初対面の初老の理事長には微塵も疑われることはなかった。
呆気にとられるも、今のところ父の恩人だという男の立場を守れているようなのでひとまず姉に被害が及ぶことは無いだろうと少しではあるが安堵した。
しかしそんな気持ちでいられたのも束の間で、流石に敏感な十代の学生にはすぐ気付かれるだろうと沈んだ思いで教室に入り初日を迎えたのだが、プライベートへの怒涛の質問攻めにはあったものの何事もなく一日が終わってしまった。
腫れ物に触るといった感じでもなく、興奮混じりに絶えることなく話しかけてきた生徒達。
その日の晩、買い物帰りの自分のことを「先生」と呼んだ白銀の髪の少年に口説かれた以外は本当に何も起こらなかった。

その後数日経っても自分に対する態度の変わらない生徒達を見て気付かれていないのだと分かると、マリクに妙な達成感が芽生えた。
化粧をしスカートを穿き女性物の下着を着けて生活をする。これ以上ないほど恥辱的なことではあったが、この調子なら誰にも気付かれることなくなんとか一年やっていけるかもしれない。


あの夜自分を誘ってきた少年、バクラに自慰を目撃されたのはそう思って過ごし始めた矢先のことだった。









なんでだよ!
どうしてボクがこんな目に遭わないといけないんだ!!!


太く熱い肉の塊に口の中を行き来される度にマリクの目から止めどなく溢れてくる涙。その全てがネクタイに吸い込まれ、肌に当たる生地は生暖かく、口を犯すモノと同じくらい不快だった。
「ハァッ、ハ…なあ先生、どんな気分だよ」
腰の動きは止めないままバクラが感じ入った声でマリクに問う。
「変態男だってバレて…年下の男にこんな風に、されて」
「んっんっんんッんっ、ん…?!」
後頭部を押さえる手が象牙色の髪をぐしゃぐしゃと乱していく。
丸みを帯びた先端で上顎をゆったり擦られるとマリクの背はぞくりと震え、鼻から一層高い声が洩れた。精臭を放つ若いペニスに最初は顔を歪めていたが、嗅覚はとうに麻痺してしまっていた。
あまりの質量に顎が痺れはじめ、何も考えられなくなってくる。

もう、早く、終わらせてくれ
頭に靄がかかってきたマリクは、口内を好き勝手に蹂躙するペニスに舌を絡めた。
「っ?!…そうこなくちゃな、あ」
予想していなかった小さな刺激に腰を止めたバクラ。しかしすぐにマリクの頭を引き寄せて、ぬるつく口腔内を先程よりも激しく犯し始めてきた。

じゅぼっじゅぼっぶちゅっじゅぶっじゅぽっ
猛烈なピストンに正常な思考を奪われてしまいそうになる。何かに縋りたかったマリクはスラックスを掴んでいた手を離し、自分を犯す少年の引き締まった脚に抱き付いた。


「はぁっハァッヤベ…く……ッ…!」
「んぅ……ッ!!」

突如ビタリと動きの止まったペニスから喉奥に勢いよく放たれる精液。
大量に流れ込んできた初めて味わう粘ついたモノに、マリクはネクタイの下で目を見開き白黒させながら射精が終わまで耐えた。
しばらく腰を前後に揺らしていたバクラがようやく後頭部を固定していた手の力を緩めペニスをゆっくりと引き抜いていく。
脚に回していた両腕をだらんと垂らすと、バクラによって上半身を支えられた。
ぬちゅ…
赤い亀頭と濡れそぼった唇を細い粘液の糸が繋ぐ。それは、すぐにぷつりと切れた。

髪を撫でる手の感触に暫しぼんやりとしていたマリクだったが、急激にせり上がってきた感覚に慌てて両手を口に持っていき背を丸めた。
「〜〜がはっ!ごぼっげほっゲホッげほっ!おぇっ」
びちゃ、どろ。吐き出されたのは胃に流れ込もうとしていた精液。その量は僅かなもので、ほとんどを体内に取り込んでしまっていた。
「はぁっ…はぁ…何やってんだよ先生」
バクラの満足そうな声と共にガラガラと何かが回る音がした。しかしマリクはそれどころではない。咽頭に絡まる精液の所為で息苦しくて咳が止まらず鼻水は垂れ、開けた口からは精液と混ざった涎が零れてきているからだ。
「情けねェツラしやがって」
「ぐむっんんん」
縮こまっていた上半身をぐいっと持ち上げられ口元をごわついた紙で強引に拭われる。先程の音はバクラがトイレットペーパーを取り出していたのだと気付いた。
濡れていた鼻も両脇から摘まれて雑に拭き取られる。ぐっしょりと濡れたトイレットペーパーは、精液を吐き出す為につくった両手の受け皿に丸めて落とされた。

「ふ、はぁっ、はあっは……ハァ」
粘ついていた喉は幾分ましになり呼吸も落ち着いてきていた。またすぐ近くでベルトの金属音が聞こえてくる。
やっとしまってくれた…とマリクはぼんやり思った。
「あーあーこんなに濡らしてくれてよぉ」
「うっ」
ネクタイを外されるが入り込んできた光のせいですぐに目を開けることが出来ない。ゆっくりと瞼を上げると視界はぐちゃぐちゃで、何色もの絵の具が混ざったパレットを思い起こさせた。
気付けば拭き取られたはずの鼻水がまた垂れ流れていてマリクはずず、と啜る。
「なあ。そういや先生」
もう何度も耳にした、トイレの鍵が外れる音。

「アンタさ、一度もオレの名前呼んでくれたことねェよな」

マリクの鼓膜が拾ったのは淡々としたバクラの声。
この生徒の名前を、知らないわけではない。受け持ちのクラスの生徒であったし、ここまでのことをされておいて知らないということはありえなかった。
恐れていたのだ。マリクは。
名前を口にすることによって、この少年を今まで以上に意識するようになり彼の名前が己の心に刻まれてしまうことを。


「呼び捨てはムカつくし、様付けされて喜ぶシュミはねぇし」
「そうだな。オレは生徒でアンタは教師だ。君付けで呼んでくれよ。なあ」
「バクラ君、ってな」
ぼやけていた目の前がようやくはっきりしてくる。
(なんで)
ドアを遮り、イラマチオののち無理矢理喉の奥に欲望を放った生徒はいつものように嗤笑しているとばかり思っていた。それなのに。
(なんで、そんな顔)

マリクを置いて個室から出ていこうとしているバクラ。
まだ青年になりきっていない、中身は攻撃的で凶悪だが美少年という言葉が相応しい外見の男子高校生は曇った表情で立っていた。僅かに、悲しんでいるような。
その顔を見た瞬間、マリクは自分の胸にちくりと痛みが走ったのを確かに感じた。


酷い扱いを受けているのはボクなのに。そんな顔をしたいのはボクなのに。
オナニーを強要してきて、ペニスを突っ込んだ挙句口の中でイくなんて。
なんだよ、お前色んなところで女に手を出して好き放題してるんじゃなかったのかよ。ボクは他の生徒からそう注意を受けたんだぞ。だからアイツには気をつけて、って。
それなのに、そんな顔をされたら。
ボクは…ボク、は



「あっ…バ………バクラ…くん…」










口元で乾いてしまった拭き残された精液。
明かりのついていない男子トイレの中、窓から差し込む、日が落ちきる直前の僅かな光で鏡に映った自分を見た。
(ひどい顔だ)
対面した自身の顔にまた泣きそうになる。
泣き腫らした目に赤くなった鼻頭。軽く塗ったマスカラは涙で流れ、雑に顔を拭われてしまったせいで下手に厚塗りするより控えめのほうがいいと判断してつけていた下地とフェイスパウダーは殆ど取れていた。
誰にも気付かれずなんとか顔を隠して教員室に入れないものか。そう思うも考えることが億劫でマリクは水道の水で顔を流した。

あの時、自分は自らの意思でバクラの名前を呼んだ。
マリクは出て行く直前のバクラの表情を思い出す。締め付ける程の胸の痛みに、苦しくなって手で押さえた。
(アイツが何を考えてるのか分からない…)
強請とは違う。マリクにはあの時のバクラの声が少年の切ない願いにしか聞こえなかった。
呼びたい、そう思ってしまったのだ。


幸い顔を見られずに荷物を取る事が出来たマリクはおぼつかない足取りでマンションへと帰った。学校のトイレでも帰宅してからも何度もうがいをして飲料水を流し込んでみたが、まだ喉奥に絡み付いている気がして食事を取る気にはなれなかった。
帰ってから色々とすることはあったのだが何もする気が起きず、シャワーだけ浴びてベッドに入ったマリクは目を閉じる。





眠りにつくまで、トイレから出る直前の、自分に名前を呼ばれた直後のバクラの驚きながらも嬉しそうな顔が頭から離れなかった。