ラブストーリー


 

(ったくなんでオレ様が)


あまりいい物ではないのだろう、ギシリと音を立てる少し硬めの背凭れに身を委ねてバクラは目を閉じた。









「ね、お願いっ!」
『あぁ?』

パチンと可愛らしくウインクする己の宿主に顔を顰める。
獏良の【お願い】を聞いて良かった思い出が一度もないバクラは断ろうとした。
そんな男に、獏良は誰もが射止められてしまいそうな笑顔で唇に指を当てる。

「そういえば君さぁ、また街で喧嘩してきたよね」
『なっ』
身体を微かにびくつかせてバクラは明後日の方向へと顔を背ける。図星である証拠だった。


「お前に貸してる時は殆ど意識はないけど、同じ身体を共有してるんだもん。いくら返り血流したって無駄だよ」

僕には分かるんだからね

にっこりと言う獏良の背後から立ち上る禍々しい黒いオーラに、バクラは諦めて肩を竦めた。


『………で、今度は何すりゃいいんだよ』
「聞き分けが良くていいね。で、これなんだけど」

目の前に二枚の紙を差し出される。

「映画のチケット。二枚あるから、マリ君と行ってきてほしいんだ!」









(情けねェ)

つい先日の出来事を思い出して苦々しい表情をする。
巨大なスクリーンに映し出される甘い内容。
空席が殆どで、僅かに入っている客は大半が前方の席に固まっていた。
昼間から酒をあおっている者、映画そっちのけで携帯電話を弄る者、明らかに仕事中だろうというようなくたびれたスーツ姿の者。



内容は、小さな映画館でしか上映されないような、B級作品だった。
商店街の福引の景品だと獏良は言った。
その事をマリクに話してみたところ、是非行ってみたい、と目を輝かせたのだと。
獏良はラブストーリーというジャンルがどうも苦手だった。
映画なら家で部屋を暗くして発禁モノのスプラッタ映画をシュークリームを食べながら鑑賞するのがいい、と。
しかし自分が頷くのを待っているマリクに首を横に振ることなど出来ず。
そこでバクラを生贄に捧げることを思い付いたのだった。






「おいマリク」
肘掛けで頬杖をついたまま隣に座る恋人に目を向ける。
だが食い入るようにスクリーンを見つめるマリクはバクラの声が耳に入っていないのかピクリとも動かなかった。

「……はぁ」
バクラは一つ溜め息を吐いて入り口で購入したキャラメルポップコーンを口に含んだ。
口中に広がる甘ったるい味。
まるでこのクソみてえな映画のようだ、と頭をガリガリと掻きながら早く終わることをただ願った。









「ン…………ん?」
瞼をゆっくりと持ち上げる。知らずの内に寝てしまったらしい。
目を覚ましたバクラは隣にいるマリクの異変に気付く。
(なんだあ?俯きやがって…)

『あァ、あん……!』

途端、耳に入ってきた情欲に濡れた女性の喘ぎ声。
映画がラブシーンに突入したらしい。
少し性描写のきつい内容だったのか、とスクリーンの中で淫らに腰を振って悦びの声を上げる名も知らぬ女優を見て、バクラはどうでもよく思った。

ならマリクは、


「おい」
「ッ!…なん、だよ」

フゥ、と耳に息を吹きかけると大きく身体を震わせるマリク。
バクラはやっぱりな、と黒い笑みを浮かべた。

「どうしたんだよ、下向いてたら観れねェぜ?ほら」

睨みつけてくるマリクの顎を取って上に向かせるとパシンと叩かれる。
「観てるよ!ほっといてくれ!!」
仄かに顔に赤みが差し大きなアメジストの瞳も微かに潤んでいる。
二人の間の肘掛けを上にあげ、バクラはマリクの太股に手を乗せた。遮る物はもう何もない。


クク、と笑う男にマリクは思わず戦慄した。

「そうかよ。まあテメェがどうするかはテメェの勝手だもんな。その代わりオレ様もオレ様で好きにさせてもらうぜ」
ス…と腹から服の中に手を侵入させる。
ゆったりと肌の上を這うバクラの手は、壊れ物を扱うかのような動きだった。
小さなヘソの穴に指を一本入れられくりくりと抉るように犯せば、マリクの口からは熱い吐息が洩れる。

「ふっ…ンッ!何、するんだ……っ!」
僅かな愛撫に身体が震える。
ゴクリを唾を呑み、これから行われるであろう事にこんな場所で・・・という気持ちと同時に期待する想いが微かにある自分に、マリクは思わず泣きたくなった。

「だから言ったじゃねえか、勝手にさせてもらうってな。気にすんな」

引き締まった二の腕にキスをしてバクラは身体を屈めた。
服の裾を捲くり上げそこから覗く褐色の腹筋にもキスを落としていく。


「あ…ッ、ふ…んぅっ」
声を上げたいマリクだったが、こんな所で口を開けてしまえばいくら大音量の映画館といえども誰かの耳に入ってしまうだろう。
最初の辺りは唇を噛み締めるだけでなんとか堪えられたが、いつもよりダボついたシャツの中にバクラが頭を突っ込んで尖り始めた乳首を口に含まれれば、
ついて出そうになる嬌声を止めるために両手を使わなければならない程だった。


ピチャ…ピチャ…
じゅるるっ…くちゅ


ボクの乳首をしゃぶりながら、きっと下卑た笑みを浮かべているんだ…っ


服の中にいるバクラの表情は分からない。
相手はバクラだと頭では理解しているのにどうも他の男に犯されているような錯覚に陥る。
辺りが暗いという相乗効果もあり、マリクを襲うのはいつも以上の興奮。
思わずギュ、と自分の胸を舐めしゃぶるバクラの頭を抱き込んだ。

「フ…手ェ離せよ。動けねえだろ」

胸から聞こえてきた声に我に返ったマリクは、バッ!と手を離し抵抗する。
「も、ふざけるのもいい加減にしろッ、あ、んむッ」
いつの間にか目の前にあった、綺麗だが冷酷な男の顔が近付いてきたと思ったら唇を塞がれた。
歯列をぞろりと舐められ舌に触れられて絡まる相手の熱い舌。
バクラから送られてくる唾液は甘く、うっとりとした表情でマリクはこくこくと呑み込んだ。

「…興奮したかぁ?すげえエロい顔してやがる」
情事の際特有のバクラの低く甘い声。

ぐち…
今まで口腔内を嬲っていた舌に次は耳の穴を犯される。ダイレクトに脳に伝わる卑猥な水音。
閉じていた瞼を上げれば目の前に巨大なスクリーンが入り込んでくるが、涙でぼやけた瞳では何も理解できなかった。


「んく、ふ、はぁ…」
「キチィな、身体倒すぜ」
「あっ…ん…バクラ…」

マリクの向こう側にあった肘掛けも上げ、快感に震える体をゆっくりと横たえさせる。
「ここもイイ感じにデカくなってんじゃねえか」

カーゴパンツを下ろしふるふると蜜を零すペニスを軽く握りバクラは口角を持ち上げる。
「やっ、あ、やめッ!バクラぁっ!」
外気に曝されたペニスはマリクの意思に反して肥大していく。

「嫌か?でもこんなにしといて外に出られねェだろ。変態だと思われるぜ…」
「あは、ぅ……はぁっ」
カリ裏に爪を立てると血管が浮き出しドクドクと脈打ちはじめるペニス。
バクラは親指で裏を押し上げるように扱き、粘液を溢れさせる穴に軽く息を吹きかける。
色素の薄い陰毛の生え際に何度もキスを落とせば、バクラを挟む細い脚は痙攣しだした。

揺れる腰を押さえ込まれマリクは堪らずバクラの頭に手を伸ばし剥がそうとした。
だが、ぷちゅりと尿道口に整えた爪を入れられると、思わず股間に押し付けるような形になってしまった。
手の甲をキツく噛みながら鼻から洩れる荒い息。

「んふっん、んぅうッ!ンッンッ!!」
股関節を舐め上げたバクラは腹につくほどに反り返ったマリクのペニスを口の中にねっとりと含みラストスパートをかける。


グチュッグチュッグチャッ!
ぬぽっじゅるッ!!

激しく頭を上下に動かされ耳に入ってくる水音。
そういえば、とマリクはふと自分達がいる場所を思い出す。
すると途端に湧き上がってくる羞恥心。
マリクは固く目を瞑ってブンブンと頭を振った。椅子に髪が当たる乾いた音。

バクラはほくそ笑んで口の中で限界に震えるペニスをより一層強く吸い上げた。

「んっんっ、んっ、んくッ!ん!!ンゥ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」


びゅる、びゅっ、びゅくっ
ドピュッ!!

真っ白に弾け飛んだ頭で、マリクは腹筋を震わせながらバクラの口内で盛大に白濁液を吐き出した。




「…ん、随分出たなぁ、旨かったぜ」
ごくりと粘つく精液を嚥下しながら言う。
射精後の弛緩した身体は言う事を聞かず、厭らしく笑う男に力無い罵声を浴びせることしか出来ない。
「あー…っクソッ、も、変態っ頭おかしいんじゃないのか貴様ッ……!」
「ククッ、テメェがしっかり映画観てなかったのが悪いんじゃねェか…」
「んっ」

ぐ、と股間に感じるジーンズ越しの硬さ。

「これからの予定なんざ立ててなかったからよ。なぁマリク…ホテル行こうぜぇ……」



甘くねだるようなバクラの声に、マリクはただ頷くしかなかった。