熱
「ふう……」
「帰ったぜぇ。調子はどうだァマリク?」
ノックも無しの男に、まあいつものことか、と思いながらマリクは冷気と共に部屋に入ってきたバクラへ身体を向ける。
寝ぼけ眼で布団から少し顔を出すと『寂しかったか?』という囁きと軽いキスを送られた。
「ん…大分いいよ…寂しくはなかったけど」
「そりゃ良かった」
顔に目をやると、目尻から頬へと辿る無数の薄い線が残っている。
しかしバクラも病人をからかって逆上させるほど腐ってはいなかった。
ガサガサと部屋に持ち込んだ袋の中から幾つか清涼飲料水のペットボトルを取り出してマリクの目の前に置く。
「飲みな。汗かいただろ」
「んう………ふアッ…」
その内の一つを手に取ったマリクは火照る頬へと押し当て、悩ましげな声と息を吐き目を瞑った。
ずぐん、と血の集まる股間に、病人相手に何を自分は…と己の性欲に半ば呆れつつ、バクラはマリクの頬に張り付いた象牙色の髪をかき上げる。
「バクラ…飲みたくない…」
「なら何か食うか?」
「飲むの…ダルい……」
結局マリクは飲みたいらしい。
だが家にストローなどという物は置いてなかったはずだ。どうすれば…
と思考する中で一つの案が浮かぶ。
「なあマリク、口移しなら飲ませてやれるぜ?」
「口うつ、し」
期待してしまう自分をバクラは心の中で低く嘲笑った。
普段なら確実に軽蔑の眼差しと批難を受けるであろう今の言葉。
だがこの、熱で弱っている恋人なら頷きそうな気がしたのだ。
「いい、よ。飲めるんだったら、なんでも」
億劫げに上げられた瞼の下から現れた菖蒲色の目がどこか誘惑しているように感じられてバクラは興奮を抑えられなかった。
瞳が潤んでいるのは熱の所為
頬が赤く染まっているのも熱の所為
吐き出す息に熱が篭っているのも、熱の所為
いや、これはオレを求めてこうなっているんだ
理性の部分では理解しているのに、本能の部分では自分の都合のいいように変換してしまっていた。
バクラはベッドに転がったペットボトルを一本鷲掴みキャップを放り投げ、中の液体を口に含み噛み付くようにキスをした。
覆いかぶさられたマリクは再び目を閉じ、水分を取り込もうと口を開く。
乾いた口内を潤す為に入り込んできた冷たいそれに身体を震わせながら、こくこくと体内に取り入れた。
もういいだろ、とバクラの肩に手をやり押し返そうとすると、ぬるりと生暖かい舌が侵入してくる。
マリクは、くぅ、と子犬のように鼻を鳴らし、角度を変えて口付けを深くしてくるバクラの首に手を回した。
(熱ィ………)
縦横無尽に口内を這い回りながらバクラは思った。
こちらの舌が痺れてしまうのではないかと思うほど、マリクの口内は熱に犯されていた。
にゅるっぬちぬちゅ…ちゅくっちゅくッ
完全に「与える側」から「求める側」になったバクラは、奥に身を潜めていたマリクの舌を引きずり出し、ずるずると絡め合わせる。
マリクも、恍惚とした表情で首に手を回した手に力を込めて行き場のなかった熱を相手に与えようとした。
「はあっ、マリクッまだ、飲みてェよな、飲ませてェ…!」
「あっうあッバクラ……!」
ぎゅう、と熱でなくとも痛みを感じるほどの強さで布団ごと抱き締められる。
いつもと違う弱った自分に欲情してしまったのか?とぐらぐらと煮える頭の片隅でマリクは思った。
「好きだ…好きだ、マリク、好きだ…マリク…マリク…!!」
「バク、あ、セックスは駄目、だからなっ」
「わぁってるっつーの…キスだけだ、キスだけだから、なあ?」
「仕方ない、な…もう。じゃあそこの…カーテン閉めてくれよ…薄暗いほうがバクラ、興奮する、だろ?」
「ハ…やっぱテメェ、堪んねえよ……」
────────暗転──────────────