sweets
甘いあまいスウィーツ
でも少しだけで十分
ふ、と鼻腔をくすぐる香りに、マリクは匂いのする方向へ顔を向ける。
温かく香るそれに、獏良かバクラが何かを作っているのだろうか、と思ったマリクは自室からリビングへと向かった。
「……わ、」
テーブルの上の状態に思わず小さな声が上がる。
無駄と言っていい程大きなテーブルに広げられていたのは可愛らしいアンティーク調の皿が数枚と、ティーポットとカップ。
マリクが驚いたのは、男がそんな高価な食器に囲まれるようにして机に伏せていたからだ。
「寝てるのか…?」
つん、と頭をつついてみるが頭頂部の立った髪の束はぴくりとも動かない。
規則正しく上下する肩に、熟睡していることが確認できる。
ブブ…と、この部屋で時計の他に唯一動いているオーブンに目をやると、オレンジ色に照らされたシュー生地が。
テーブルの上のボウルの中には黒い粒の入ったクリームが入っていた。
(ああ、シュークリームか)
デジタル表示部分を見るとあと数分で焼き上がるところだった。
どうやら焼き上がりを待っているうちに眠ってしまったのだろう。
そんなことを思いながらバクラを見下ろしていると次第にむくむくと湧き上がってくる悪戯心。
(いつもやられてばかりだしな。たまには仕返ししてやるか!)
意気込んで袖を捲くり上げ、内心うきうきしながらマリクは作業に取り掛かった。
「…………あ……?」
眠りから覚めたバクラはゆっくりと顔を持ち上げた。
何故自分はこんな所で寝ていたんだ。
そう思うも寝起きのもやがかかった頭ではすぐに思い出すことは出来ない。
まあいいか、とマリクを後ろから貫いて苛めていた楽しい夢の続きへ戻ろうとしたところで、すん、と香る甘い匂い。
「…?………ッ!!やべぇ!!宿主に殺されるッッ」
一瞬フリーズしたバクラの頭は、次の瞬間氷点下へ。
顔面蒼白になり大きな音を立てて立ち上がる。
「よく見ろよ。出来てるだろ?」
「あ?」
聞こえた声の言う通りテーブルを見てみると、確かにそこには完成したシュークリームが皿に盛られていた。
お世辞にも綺麗とは言えない出来だったが(ただ生地を水平に切ってカスタードクリームを入れるだけだというのに)、そんな恋人がどうしようもなく愛しく思えて、知らずのうちに口端が上がる。
「クク、どういう風の吹き回しだぁ?マリ、」
「バクラ…」
恋人───マリクへと顔を向けようとすると突然何かに視界を遮られ、抱き締められる。
しっとりとした温かさを含んだそれがマリクの手だとすぐに気付き、自分の前にいる細い身体を抱き締め返そうとするが
「待てってバクラ、そう焦るなよ……」
「っ」
優しく制する声と共に背に回されていた手が移動してきて股間のジッパーの上でゆったりと這えば、バクラは動きを止めるしかなかった。
「ふふ…えらいえらい…なぁバクラ…たまにはボクにお前を気持ち良くさせてくれよ…」
小声で耳元で妖しく言われ、バクラの胸はぞわぞわと高ぶる。
マリクの手は尚もすりすりと生地の下のモノを確かめるような動きをしていた。
「盛ってんなぁマリク…なら今日はテメェに満足させてもらうとするかァ。…ン」
「バクラ…あむ…あ、んう…」
ちゅくっ、ちゅるる
マリクはバクラの首に吸い付き、ちゅぷちゅぷと水音を立てながら吸い上げた。
「……なあマリク、手だけはどけてくれよ」
未だ視界を覆い続ける褐色の手のことを言う。
自分から動けないのは別に構わなかったが、こんな滅多にない『マリクの誘い』だけは目に焼き付けておきたかったからだ。
「ん…じゃあバクラ、ボクがいいって言うまで、目、閉じててくれよ」
「は?なんでだよ」
「バクラぁ……」
「………チッ…早くしろよな」
ちゅ、と羽のような軽い口付けの後に甘い声で名を呼ばれ、バクラは渋々瞳を閉じた。
シュルルル………ぱさっ
布が擦れる音、落ちる音。
バクラは生唾を飲んだ。
「いいぞバクラ…目、開けても…」
「ッ!マリっうぶッッ?!!!!!!」
今か今かと待っていたバクラは恥ずかしさを含んだマリクの声にバッと目を開いた。
が、目に焼き付いたのは褐色の裸体ではなく
「ぷ、アハハハハハハハ!馬鹿か貴様はっ!!な、に期待してたんだよっ!!あははははは!!!」
顔にべっとりと張り付いた物体を拭うと、マリクが腹を抱えて大笑いしていた。
そう、バクラは騙されていたのだ。
まだねっとりと顔に残っているクリームに、バクラのこめかみがピクピクと動く。
「テメェ、マリク!!!ッッ?!!」
逃げるようにリビングから出て行くマリクを追おうとするも足が前に進まない。
下を見ると、テーブルの脚と己の足が紐で結ばれていた。
床には宿主、獏良の愛用しているエプロンが落ちていた。
「昼間から盛ってるのは貴様だけだバーカ!」
遠くから聞こえる楽しそうなマリクの声。
「…クソガキがぁ…」
バクラの声で千年リングがギラリと鈍く光った。
「ん〜〜〜〜〜っvv寝起きのシュークリームってどうしてこうも美味しいかなあ!」
「ははは………」
ぱくぱくぱくぱく
満面の笑みで勢いよく皿の上のシュークリームの数を減らしていく獏良。
「むぐ、マリ君も食べない?はぐはぐ」
「い、いや、いいよ!ボクも作りながら結構食べたから!!」
「ふーん?あ、そういえばマリ君の体からクリームの匂いするね。それにしてもアイツ、自分で作らずにマリ君にやらせるなんて!!」
そう怒りつつも一つまた一つと口に運んでいく獏良に軽く笑って、腰を押さえつつ風呂へと向かうマリクなのだった。